時のかけら(Time Fractures) 作: ルーディガー・シェファー(Ruediger Schaefer) 英訳: アーノルド・ウィンター(Arnold Winter) 和訳: 松浦寛人 新銀河暦1225年2月15日の早朝、アトランは目覚めの後身支度を整えるのに 数秒を要した。彼は夢を見ていたが、夢の内容については何も 思い出せなかった。その上、彼の左肩、「それ」によって 細胞活性チップが埋め込まれたまさにその場所が疼いていた。 「光を」アルコン人は言った。 彼は素足を反重力ベッドから下ろし、目を擦った。 目は目やにで固まっていた。壁の時計は地球標準時で午前3時17分を 示していた。アトランは驚いて頭を振った。 普通は彼は相対的不死性のためほとんど眠りを必要としないが、 彼はゴシュン湖畔のバンガローに夜遅く帰宅し、死ぬほど疲れていたのだ。 肩の痛みは今はほとんど感じられないが、おそらくこれで目覚めたのだろう。 しばらくアトランは仰向けにひっくり返るという衝動に駆られたが、 彼はこれに抵抗した。その代わり、彼はサーボシステムに命じ、 巨大なマグカップにコーヒーを入れさせ、湯気を立てる飲み物を手に、 広いベランダに腰掛けた。過去数週間あるいは数ヶ月の間に 多くの変化が起こった。そしてそれは地球の首都テラニア内ばかりではない。 しかし、この湖の周りの牧歌的な景色はかれこれ3000年前に初めて 楽しんだ時とほとんど変わりがない。今はほとんど生き残っていない 友人たちと共によく。不自然な静けさがアルコン人の眉をひそめさせた。 テラニアには何百万人という人々が住んでいる。ほとんどが 人類派生の種族であるが、他の種族もかなりの数に上る。 したがって、この首都は静寂になることはない。特に宇宙ハンザ同盟本部の 周りに広がるダウンタウンや2つの最大級の宇宙空港の近くでは。 離発着する貨物船やシャトル、旅客船がグライダーの交通と共に 永久的なバックグランドノイズ、即ち都市の鼓動を感知レベルまで 押し上げているのだが、今は突然無くなっている。水辺近くに密集している 昆虫が引き起こす普通は感知しうるほどの騒音もなくなっている。 今の静けさは警報に匹敵するほど不自然である。アトランは遠方に はっきり見える地平線を眺めた。高さ500メートル超のダウンタウン地区の 建物が一つ残らずライトアップされていた。ほとんど全てがオフィスビルと 商用ビルであった。多数のショッピングモール、大使館、自由テラナー連盟の 執政オフィスやその他。この早朝であっても普通は空は多数の、 主に無数の貨物及び旅客グライダーの案内灯から来る小光点で満たされて いるものだ。今朝は全く違っていた。 何かおかしい、アトランの論理セクターが囁いた。 アルコン人は渋々頷きバンガロー内部に戻った。 「サーボ」彼は再び家庭シントロン脳の常時待機状態の 端末に呼びかけた。「レジナルド・ブルに繋いでくれ。」 「レジナルド・ブルにはただ今繋がりません。」 少し遅れてコンピューターの柔らかな人工音声が答えた。「続けますか?」 「いや」アトランは言った。「<ブーメラン>から何かニュースは?」 「何もありません。」生真面目な返事が来た。 不死者は彼の、今では、生ぬるいコーヒーを一口すすった。 <ブーメラン>はおよそ2ヶ月前に三度目の航海に出かけたのだ。 ペリー・ローダンと彼に同行した他の細胞活性装置保持者たちは 何時帰るとも伝えていなかった。それにもかかわらず、アルコン人の心配は 日増しに高まった。 彼とレジナルド・ブルはいずれも、自由テラナー連盟が貸与した円盤船での 遠征は時間の無駄であるとみなしていた。なんら意味のある手がかり無しに 神秘的な無限架橋を探すのはわら小屋で諺にある針を探そうとするよりも 無益である。この不可解な物体が天の河内にあるかどうか誰もはっきりとは 知らない。 「宇宙空港に送ってくれ。」アトランは命じた。 彼はコーヒーマグカップを低空にまっすく浮遊している机に置いて、 机の周りに並べられた成形エネルギーカウチに座った。 「今、宇宙空港まで繋がりません。」サーボシステムが報告した。 今度はアルコン人は本当にびっくりした。テラニアの宇宙空港は 24時間商用のために開いていた。誰もコンタクトを取るときには要求を 出すだけでよい。 「宇宙空港のシントロニクスを呼び出せないのか?」 不死者は知りたがった。サーボシステムは確認した。 「今勤務中のLFT査察官は誰だ?」 「ニック・フルーカスです。」サーボシステムは答えた。 アトランはその男を覚えていた。しばしば奇妙な外見をし、その髪の色を ほとんど毎週のように変えて、大抵今のファッションの流行と鋭く対立 しているテラナーを。 「ニック・フルーカスは今どこに?」 アルコン人はせき立てた。 「LFT査察官の今の居所は分かりません。」 「それはどういうことか?」アトランは憤慨し始めた。 「彼が勤務中なら主制御塔の彼のオフィスに居るはずでは?」 「彼はそこには居ません。」 サーボシステムはアトランに丁寧に告げた。 「いいだろう。」アトランは頷いた。 「ネーサンと話したい。優先呼び出しだ。」 「今、ネーサンとは繋がりません。」 不死者は左手で浮遊机を叩いた。 「ありえない。」彼は怒って叫んだ。 「説明できるか?」 「説明付きません。」 機械は認めだ。シントロニクスとこんなやり取りをしても実り無いことを 知るぐらいは経験を積むべきだな、アトランの付帯脳が囁いた。 アトランは第二の自我のやんわりとしたあざけりを無視した。 彼は出来るだけ早く無地の暗青色の服装を身につけた。 衣服は彼が前日着用し、家庭用サービスロボットが洗濯を済ませ アイロンをかけていた。左手首に巻いた多目的通話バンドと膝の高さの 黒いブーツが彼の服装の仕上げとなった。 1分後、バンガローの下の格納庫にいつも留めてあったホイッスラー エクセルブランドの現代風の復座グライダーに搭乗し、アトランは、 ぴったり時速350キロ、つまりシティゾーンのすぐ内部での最大速度限界で テラニアのダウンタウンエリアに急いだ。厳しく制限された宇宙ハンザ 同盟本部の周りの宙域に着く前でさえ、彼の予感は苦々しい疑いに 取って代わられた。当惑させる静寂、夜空の位置灯の欠落、欠落した 通信の試み、全てが全てが隙間無く驚くべきイメージに流れ込み、 そしてそれは今やグライダーのコックピットを通して不死者の前に姿を 見せた。普通であれば人でごった返している大通りや街角、徒歩旅行者、 そして公園、庭は全て寂れていた。時折、アルコン人は忙しげに灌木や 生垣を剪定し、ごみを取り除き、公衆テレビ電話のサービスをし、 その他日常作業を行っているロボットの姿を捉えた。しかし、彼は人類や 異星人の姿を求めたが無駄であった。 通りや店は明るくライトアップされている、と論理セクターは囁いた。 乗客待ちのグライダータクシー、展示されているホロ広告、事実上、 全ての下部組織(インフラ)は滞りなく動いているように思える。 恩恵を受ける人が跡形もなく消えた点を除いては、とアトランは心で答えた。 彼はグライダーをいたわることなく急降下させ、スロットルを急に緩めた。 自動飛行制御装置が直ちに重力圧を調整し、着陸フィールドを作り出した。 長さ5メートル近くあるグライダーがアンドロメダ大通りに着陸した時、まだ 強いがたつきは残っていた。 アトランはグライダーから飛び出しあたりを見渡した。テラニアの最大の 通りの一つのこの辺りはレストランと高級ファッションのブティックが 占拠していた。新銀河暦13世紀においては、買い物客は珍しい食べ物や 優美な衣服を含めて多かれ少なかれ全てのものをシントロンで注文できる とはいえ、ほとんどの人々は自ら買い物をし、洒落たサービスの行き届いた 環境でよい食事を楽しむことを好んでいた。アンドロメダ大通りの店の 殆どでは販売やサービスの仕事はまだ生物が行っていた。その代わり、 顧客はかなりの手数料を支払っていた。なぜなら人間の店員はロボットや アンドロイドに比べてかなり高価だから。 アトランは洗練された花飾りの巻きついた広い入口からプロフォス、 テラニアの最良で最も有名なレストランの一つ、に入った。予想したとおり 風雅に飾られた食堂には誰も居なかった。早朝4時であっても普通どおり、 多くのテーブルが半分空になったプレートで覆われており、サービスボールが 湯気を立てる皿で満たされているのを見て、彼は再び当惑した。殆どの 旅行者たちは、テラの首都での滞在の間、特にそれがトランジットに 過ぎない場合、自身の固有の概日(circadian)リズムを保ったままであり、 それは現代の技術によりなんら問題にはならなかった。従って、 プロフォスにはお客や従業員に満ちているはずであった。 アルコン人は食堂を横切り、隣のキッチン区画に入った。浮遊サーボ ロボットは戸棚を思わせる区画に区切られたドラム缶に汚れたテーブル クロスを詰め込んでいた。花を刺激する香りが透明なサイドボードを横切って おかれて、肉や青キャベツに似た野菜の潤いのある配膳を載せている 2つの天板から漂ってきた。アトランは皿の料理を注意深く調べたが何も異常を 発見できなかった。実際、食べ物は美味であった。まるでほんの数分前に みんなが突然宙に消えたかのようにあらゆるものが見える、とアトランは 思案した。不死者の予想に反して、彼の付帯脳は応答を返さなかった。 アトランはレストランを出て自分のグライダーに戻った。ゆっくりと 確実に彼は自分が狂気に満ちた悪夢にとらわれたかのように感じ始めていた。 おそらく彼は実際にはバンガローで深い眠りについていたのか、 あるいは知らないうちに投与された麻薬の影響下で幻覚をみているのだろう。 不死者は彼が目撃したことに対し、何百万もの知的生命体が単に消えて しまったこと以外の殆どいかなる説明も受け入れる用意があった。 さらに、重要な疑問が残った。なぜ彼自身はこの現象の影響を受け なかったのか。 お前の陰気さは、きちんとした事実の基礎が欠けている限り、何の役にも たたない、とアトランの論理セクターは口を挟んだ。これまでの 何千回と同様に彼のもう一つの自我は正しかった。アトランは何が 起こったのか、そしておそらくは何が起こり続けているのかを見出さなければ ならない。さらに、彼は心の奥底で時間を使い果たしているように感じていた。 * 宇宙空港はテラニア自身と同様に人気がなかった。アルコン人は着陸エリアに テラの貨物船とスペースジェットを見分けることができた。全長1キロ メートルを超えるスプリンがーの巨大な円筒船は到着ビルの隣数百メートル に着陸していた。多数の入口は広く開いていた。乗客たちはたった今 巨船から上陸していた。主制御塔は高さ300メートルの細い円筒で、 直径は中央部に向かって次第に細くなり先端に向かって再び増大していた。 この建物の先端部には広い平板型構造物が被さっていた。アトランは 数千年にわたって彼の種族の裕福なメンバーが好んでいたじょうご型の アルコン居住施設をぼんやりと思い出した。アトランは到着エリアに入り、 1体の儀礼ロボットが彼の希望を丁寧に尋ねた。 受付ディスクは他は空っぽであった。 「中央シントロニクスにアクセスしたいのだが。」 不死者は要求した。リストバンドの通信装置を使って、過去15分間も 彼のようにまだテラニアにいるかも知れない誰かにコンタクトを 取ろうと何回も試みたが成功しなかった。ネーサンもまた以前のように 応答しないままであった。 「一番いいのは上級階級でのメインフレーム端末だが。」 「その端末は用意できます。」儀礼ロボットは進んでアドバイスをした。 「私がご案内・・・?」 「わかっている。」アトランは遮って 近くの4基の反重力リフトの一つに向かって意味深長に大またで歩いた。 ロボットはそこに取り残された。もちろん、それはアルコン人の身元を 脳波パターンと細胞核放射のインパルススキャンですでに確定していた。 地球や天の河のほかの権力中枢での緊張した政治状況にもかかわらず、 細胞活性装置保持者たちは多くの名声と特権を享受していた。 ペリー・ローダンが天の河の何十億と言うインプラント常習者の 有効的な治療法を携えてヒルドバアン(Hirdobaan)銀河から帰還した時は、 彼らの立場は大いに向上した。それにもかかわらず、ますます多数の批難者は そもそも始めに、ハマメシュ(Hamamesch)商人による狡猾で破滅的な侵略を もたらしたのが不死者たちの無責任な活動に他ならないとみなしていた。 アトランは過去に訪問していたので制御塔の中央シントロン脳が10階に あることを知っていた。それは離着陸用の指示が検討し、衛星待機位置の ための飛行データが計算し、貨物や旅客の情報が貯蔵し、その他無数の 機能を指示していた。制御塔のシントロン脳は非常に高機能であるばかり でなく、月に設置された巨大スーパーコンピューター、ネーサンや その他の様々なメインフレームシステムと絶えずオンライン状態にあった。 上級階級でインターフェイス端末にアクセスすればアトランはより容易に 望んだ情報を得られるだろう。月のスーパーコンピューターさえ上級階級の 問い合わせをむげには無視できない。 2分後、アトランは宇宙空港の中枢センター内のセンサー列に座っていた。 少し前の儀礼ロボットと同様に、このシントロン脳もアトランのアクセス 権限を認め、必要な接続を供給した。数秒の間に彼はネーサンと話していた。 「ようやくか。」不死者は安心して大声を上げた。 「アルコンの神々の名において、いったい何が起こっているのか?」 「申し訳ありません、アトラン。私にも分かりません。」 月のスーパーコンピューターは返答した。 「過去数時間の間、私のネットワークに組み込まれた全てのシントロニクス がシステムチェックを要求していまして、そのため、他の理由もありますが、 貴方の通信呼び出しに直ちに応じることが出来なかったのです。そのときに 走らせた診断ルーチンは何の技術的異常も検知しませんでした。そのため、 テラ標準時間で午前3時17分ちょうどに、一つの例外を残して、節足動物 にいたるまでの全ての生命体が消えてたことは間違いない事実です。」 「全太陽系でか?」 アルコン人はショックを受けて尋ねた。 「エルトルス、アラロン、アルコンその他の惑星にコンタクトを試みました。 未だ返事がありません。」 「それはつまり・・・。」不死者は話しかけたがネーサンは彼を遮った。 「結論を出すのは早すぎます。私は補助システムからアップロードされた データをまだ解析中です。」 アトランは重い息をついた。長い生涯を通して、彼はしばしば絶望的な 状況に陥ったが、今回は必要な冷静さを保つのが何時もより困難であった。 テラニアや地球だけでなく全太陽系に探知しうる生命が無いとは? おまけに、もしネーサンがほのめかした心配があたったらどうなる? もし、全天の河、いや全宇宙が奇襲を受けて宇宙的な災厄の犠牲に なったとしたら?まさにこの瞬間、彼、アトラン、がこの辺り数百万光年 の範囲で唯一生きて、呼吸して、考えている生物であったとしたら? もういい!付帯脳のインパルスは鋭く強烈であった。事実に集中しろ。 「実際に起こったことのビデオ記録はないか?」 アルコン人は尋ねた。ネーサンは肯定した。数瞬のうちにダウンタウン エリアの希薄なホロ映像がアトランの目前に現れた。動きに満ちた通り、 各々の目的地に向かう無数のグライダーの果てしない流れ、背景には ゆったりとしたペースで着陸するかさばったハンザ同盟の商用ギルド 貨物船。重ねられた時刻表示がテラ標準時間午前3時17分を示した途端に 映像は急変した。突然、貨物船、グライダー、人々はみな消え去り、 これらの消滅に関係するようなものは何も示されていなかった。不死者は これやその他の記録を繰り返し観たがなんら新しい手がかりを得ることは なかった。見るたびに、全ての人々は姿を消していた。あらゆる種類の 輸送装置を含めて、彼らが身に着けたり、運んでいたり、持っていたり、 触っていたりする全ての物と一緒に。これに対して、すでに停車していた グライダーや宇宙船はその場に残されていた。以前と同じく、最大の謎は、 なぜこの事件は見たところアトランだけを除外しているのか?何が彼を 他の人々と区別したのか?手っ取り早い解答は特に難しくはなかった。 アトランは肩に細胞活性チップを持っており、その肩の痛みが彼を ちょうどテラ標準時間午前3時17分に目覚めさせたのだ。やはり細胞活性 装置保持者であるレジナルド・ブルも消えた人々の中に入っているという 事実は必ずしも矛盾にはならない。アトランはペリー・ローダンと同じく、 彼自身に特別に調整された活性装置を受け取っていて、後に外部着用 活性装置の代わりに埋め込まれた細胞活性チップも同じ特性を持っている。 そのため、この道の効果が全宇宙に浸透していたなら、<ブーメラン>船上 のローダンもまたそれに対し免疫があることがわかり、この瞬間にも アトランと同じ謎に直面しているというのはきわめてありそうなことである。 ひょっとしたら、彼とテラナーがそのような特別な装置を受け取った 本当の理由なのかもしれない。超知性体「それ」、あるいは他の宇宙存在は 彼とペリー・ローダンを未知の理由から未知の災厄を生き延びるように 選んだのか。 「悪い知らせがあります、アトラン。」月のシントロン脳が報告した。 不死者は唇を歪めてユーモアのない笑いを作った。 「聞かせてくれ。どの道、今日は私の最良の日の一つではないようだからな。」 「私は内部歩哨衛星からの全ての探知データとギャロルス(Galors、 訳注:Galaktisches Ortungssystem、銀河位置探知システムの略称)からの 定期報告を調べ終えました。」 ネーサンは報告した。 「全ての情報は、テラ標準時午前3時17分以降、天の河の走査可能な 全領域で無線が完全に沈黙したことを示しています。」 アトランは頷いたのみであった。何を答えることができようか? 「そのほかに」月のスーパーコンピューターは短い休止のあとで続けた。 「タイタンに中央天文シントロン脳が一般警報を発しました。」 「なぜ?」アルコン人は狼狽して尋ねた。 「もちろん、全ての探査データを計算データは徹底的にチェック しますが・・・。」 今回、話を遮ったのはアトランの番であった。 「なぜだ?」彼は叫んだ。 ネーサンは間髪を入れずに答えた。「過去2時間の間に、大宇宙の直径が およそ10億光年ほど減少しています。」 * 新銀河暦1225年2月15日のこの日は太陽は時にテラニアに対して やさしかった。アトランはバンガローに戻って、長いシャワーを浴びた後 ゴシュン湖岸に座っていた。大気は穏やかで湖のギラギラした表面は 空の雲を映していた。近くのレクレーションエリアに出かけ、 長い散歩を行い、友人や親戚を訪ねるのに理想的であるような すばらしい春の日であった。不死者はネーサンがタイタンからのデータを 確認するまで宇宙空港のタワーに留まった。そのデータは宇宙が疑いも無く 高速度で縮小しつつあることを示していた。月のシントロン脳の外挿計算に 従うと、アインシュタイン宇宙はおよそ11時間以内にその体積が体積ゼロの 球と等価になるだろう。しかし、スーパーコンピューターはこのプロセスに 対するかすかにでも科学的な説明を出すことが出来なかった。今のところ、 アトランはこれまで感じたことも無いような内面の穏やかさに満たされていた。 何千年にも渡る生涯を通し、彼は繰り返し思案してきた。ある日、彼の番が 来て、これまで自然を欺き続けていた時間が尽き、創造の神が他の生きとし 生けるもの全てがついには払わなければならなかった対価を要求した時は、 どんな風になるのだろうかと。これまで幾度、彼は本当の幸運と気転で 最後の瞬間に死を欺いたことだろう?これまで幾度、彼をねらったビーム 平気がかろうじて逸れ、爆発を回避し、絶望的状況から仲間に助けられた ことだろう?彼は他のどのアルコン人よりも多くを見て体験してきた。 そして、今、死を目前にして、神(Providence)はこれを、彼の生涯を 思い起こす機会を与えたもうた。不死者は彼の記憶が流れ出すままにした。 彼のカメラの様な記憶は次々にイメージを示した。多彩な導師 フラトゥルーン(Fratuloon)の庇護の下で過ごした青年時代、 叔父オルバナショル(Orbanaschol)との抗争、ペリー・ローダンとの 最初の出会い、太陽系帝国の成長、そしてテラの側に立って体験した 無数の戦いを彼は追体験した。彼らは勝利を勝ち取り敗北を被った。 そして彼らは成功の時代には祝い、絶望の時代には互いに支えあった。 何世紀にもわたり深く刻まれた相互の尊敬は分かちがたい友情に 発展した。あらゆる危機や挑戦に打ち勝つ結びつきに。 アトランは自分の考えに深く浸っていたので、彼の関心をネーサンからの 呼び出しに向けるには付帯脳からのジャブが必要であった。彼は いらいらとリストバンドの通話装置のスイッチを入れた。 「たった今ギャロルスから新しいデータを受け取りました。」 月のシントロン脳が報告した。 「それによると、収縮プロセスが続いているとのことです。変わっているのは、 同時に質量密度、平均温度、真空圧力などの標準値が一定のままで あることです。」 「この結果はどれくらい信頼できるのか?」アルコン人は直ちに尋ねた。 「誤差限界は0.5パーセント未満です。」 「そうすると、我々が直面しているのは物理過程ではない。」 不死者は結論付けた。 「少なくとも私たちのすぐ近くではそうです。」とネーサンは同意した。 「とはいっても、もっと正確なことを言う前にもっとデータが必要です。 わかりやすく言えば、宇宙の境界はまだ私たちの計測器から遠く離れすぎて います。」 「それだけか?」アトランは諦めて尋ねた。 「いいえ。」が予測しない答えであった。「地球、特にその表面のある点が 収縮しつつある宇宙の正確な中心になっていることを知れば興味を もたれるでしょう。」 「その座標を決定できるか?」 「今のところはまだ。」 不死者は目にしょっぱい分泌物が溜まるのを感じた。これは非常に精神的に 動揺したときのアルコン人のユニークな反応であった。彼はこの情報が 特別な重要性を持つことを本能的に感じ取った。何か、あるいは何者かが 彼の目前で全てを飲みつくしているアルマゲドンの引き金を引いたに 違いない。もし、この何かあるいは何者かがテラにいるなら、この災厄を 停止させ状況を回復させるチャンスの手がかりになる。 「今言った場所の座標を最優先で決定しろ。」彼は月のシントロン脳に指示した。 「何か手伝えることがあれば、いつでも手を貸すぞ。」 「分かりました、アトラン。」ネーサンは答えた。 「でも、今のところ何も出来ることはありません。」 * アルコン人はダゴルのエクササイズでリラックスしようとしたが、 数分後には諦めた。宇宙が数時間で存在をやめると聞いて冷静さを 保つのは困難であった。少し前に届いたネーサンの最新の報告によると 宇宙の境界は数百万光年まで地球に近づいているそうだ。月の シントロン脳は今やゼロ球(zero sphere)の中心がテラニア、 おそらくダウンタウンエリアのすぐ近くにあることを知っていた。 アトランは1時間費やして都市の詳細地図を調べたがあまり役には たたなかった。彼は待つほか無かった。昼すぎ遅く、やっと月の スーパーコンピューターは呼び出しをかけてきた。不死者はテラニアの 領空をしばらく旋回していた彼のグライダーの操縦席で呼び出しを受けた。 何か普通でないもの、何か彼を助けてくれるものが見つかるかも知れない という彼の密かな望みはまだ満たされていなかった。 ネーサンは直ちに要点に入った。 「ソラーホールの北側に留まってください。レッドホースアーチ道を過ぎると、 白い建物の低い並びが見えるでしょう。アカデミーの一般研究施設の一つです。 これ以上詳しい情報は与えられません。現地の案内シントロン脳は私の ネットワークに属していないし、第二レベルの問い合わせをするには 手遅れです。」 「ありがとう」不死者は返事をしてグライダーのコースを変えた。 「もう一つ、アトラン。」月のシントロン脳は続けた。 「急いでください。宇宙の直径は今50万光年を切りました。せいぜい 30分ほどしか残っていません。」 アルコン人は返事をしなかった。 彼がネーサンの指示した建物に着いた時、手首の時計はテラ標準時 午後3時23分を示していた。円形ロビーを小走りに抜けた時、彼を呼び 止める者は居なかった。そして彼は巨大な情報ホロ映像の前で足を止めた。 いわゆるIPPAT、テラニアアカデミー純研究所は地下35階のフロアーを持ち、 6000人以上のスタッフメンバーと学生が働いていた。 「サーボ。」アトランは言った。 「何か御用ですか?」人工の女性の声が尋ねた。 「私以外に今研究所に誰かいるか?」 「いいえ。」サーボロボットが答えた。 「今、この建物で動いているエネルギー源は幾つ探知できるか?」 「152基です。」 「畜生。」不死者は叫んだ。これでは先に進めない。 「研究所で今、天文学か関連分野に関連するプロジェクトは幾つある?」 「84です。」 ばかめ!アトランの付帯脳がしつこく囁いた。お前は問題の一つの重要な 要素を見逃しているぞ。 「もちろん!」アトランは突然我に返って叫んだ。 「時間だ!サーボ、今朝テラ標準時3時17分に研究センター内で何か異常を 探知しなかったか?」 「14/25研究室の平均エネルギー消費量が4秒間だけおよそ300パーセント 増加しました。」 アトランは人工の声が話し終える前に動き出した。反重力リフトが彼を 地下14階に運ぶ間に、彼はネーサンをチェックした。宇宙の直径は 1000光年までに減少していた。縮小速度は減速していたとはいえ、 時間は必然的に不足していた。およそ15分でゼロ球の表面は月に、 即ち、月のシントロン脳に到達するだろう。その後5分間で次は地球だ。 一見したところ、研究室14/25の広範な範囲で全ては正常に見えた。 そこには、コンピューターの端末、ホロディスプレイ、快適な座席、 そして資材やデータキューブで覆われた多くの机があった。 そして、アトランはその機械を見た。一辺が長さ約2メートルの立方体状の 一種のジェネレーターが揺らいでいる防御エネルギーバリアで他のエリアから 封鎖されたアルコーブに置かれていた。それには多種多様なアンテナ型 突起と二つのセンサーインターフェイス面を持っていた。この装置の 目的は明確ではないが、外見上は動作しているように見えた。 不死者はセンサー端末の一つに占拠し、主記憶メモリのインデックスを 呼び出した。しかし、特別な認証が無いことから装置はリストされた 文書へのアクセスを拒否した。 「ネーサン!」アトランは叫んだ。「時間が無い。ここにアクセスさせてくれ!」 「やっています。」月のシントロン脳が彼に請合った。 「オーケイ。もう一度どうぞ!」 今度は装置はアルコン人の問い合わせを受け付けた。アトランのカメラ的 記憶は結果がホロディスプレイに現れ始めるや否や反応した。明らかに、 確か、ネシル・ワシャド(Neesir Wassad)教授が時空の拡張された理論と その仮想波構造の証明に関する研究をしていた。彼の意識下から急増した ほとんど800年前の記憶を把握するのに不死者は格闘せねばならなかった。 新銀河暦427年のこの日々、人類はエレメントの十戒とその支配勢力、 ザルレンゴルト人カッツェンカット(Sarlengorian Kazzenkatt)と戦っていた。 この出来事の間にペリー・ローダンはニセル(Nisel)という名前の生命体と 遭遇した。それは時を歩むもの(Time Walker、Zeitgaenger)として 特徴づけられ、ローダンの命を救っただけでなく、彼を奇妙な旅に伴ったのだ。 後にテラナーは自身の体験を詳細に報告し、彼のレポートは2世代の 科学者たちを困惑させた。新銀河暦13世紀においても、時間の本質は 未解決なミステリーであった。もちろん、数多くの理論や仮説はあったが、 知識の首尾一貫して証明できる実体は発展していなかった。 ローダンの新銀河暦427年の体験は全く新しい角度からの切り口を開いた。 これまで、時間は何か直線的なもので、影響を受けない、あるいは影響を 与えるには非常な困難を伴う物理特性であると仮定されてきた。時間は、 永久にあらゆる生命体を巻き込む非常に急速に流れる川として比喩的に 考えられていた。そのモデルでは、流れに逆らって「泳ぐこと」、あるいは 川がすでに通過した点に戻ることは不可能である。しかし歴史的な記録が 今や示すように、超知性体かそれ以上のレベルの宇宙存在は時間を 不変な物理定数とは体験しない。お互いが分離される代わりに、 過去、現在、そして未来はこれらの宇宙存在が意のままに行き来できる 時間線上の主観的側面に過ぎない。 ローダンの報告によれば、そのような高次存在は時間を定常的な流れの様な 何か直線的なものと知覚する代わりに、時間量子(chronones)、 あるいは後に彼らが命名したところのクロノミティ(chronomites)から時間が 構成されていると知っている。クロノミティはおよそ1兆分の2秒という 長さの時間の微小単位で通常の測定装置では計測できない。実のところ、 急速な流れは果てしない一連のジャンプに過ぎない。現行の科学的な見方は クロノミニティを一種の宇宙のリズムとみなし、そのうなりは数世紀後に 仮定された様に、汎宇宙(multiverse)のモラルコードの鼓動で予め定めら れている。超知性体未満の存在形態はこのリズムを知覚出来ない。 彼らにとっては個々のクロノミニティは互いに近接していて、時間は確かに 直線的な動きとして見える。この考えはある興味ある含意を引き起こす。 もし時間が実際に定常的な流れではなく、信じれないほど短い破片が 信じられないほど密接して張り詰められていれば、各破片の間に時間の間に、 言ってみれば「隙間」が存在しなければならない。 ペリー・ローダンの報告ではこの隙間をテンポレリー(temporelles)と 呼んだが、科学者たちはすぐにクロノスタイツ(chronostites)と呼ぶ ようになった。今、時間の流れはクロノミティの後のクロノスタイツの 後のクロノミティ・・・という永久の変化として理論化されている。 しかし、最終的にこの研究分野の興味は衰えた。これらの非常に厳密で 高度に複雑な仮説は数学的にも実験的にも証明できなかった。従って、 科学的な価値は限られていた。 学生時代に発見した古い記録に熱中し、ワシャド教授はその研究を再開した。 彼は、特にクロノスタイツと生体システムへの潜在的影響に興味を示した。 ワシャドの意見では時間は内部でクロノミティが波の頂点に対応し、 クロノスタイツが底部に対応する波動構造を持っている。この仮説を 証明するため、ワシャドは極端周波数で波動を生成、放射する一基の 放射器を建造した。結果として生じる干渉によって、彼はクロノミティを 時間の流れから取り覗き、個々のクロノスタイツを分離しようと期待した。 彼が正しい周波数を突き止めたことは全く明らかであった。 ばかめ!付帯脳のジョブがアルコン人の思考をスタートさせた。 わからんのか?ワシャドは間違っていた。もし放射器が本当に時間の 流れと干渉しているなら、その流れは停止しなければならん。 時間は無限のクロノスタイツの連なりになるだろう。さらに、その効果は 局所的に過ぎない。しかし、そのとき何が起こったのか?アトランは 心の中で訊ねた。放射器は時間自身と干渉したのではなくお前だけと 干渉しているのだ!お前の細胞活性装置の鼓動と!ということは、 アトランが言いかけた。お前だけが消えたのだ、他のみんなではなく。 お前だけがこの現象の影響を受けているのだ。無論、論理に基づいた 仮定に過ぎないが、あらゆることから時間が実際には波動を構成して いないことが示される。そのかわり、生物学的生命はクロノスタイツ、 つまり時間の隙間を知覚することなくクロノミティからクロノミティヘ 飛んでいる様に見える。おそらく、生命を老化させ死に至らしめるものは そのジャンプに必要で個々の細胞内で絶えず生成されるエネルギーであろう。 さらに、おそらく細胞活性装置のインパルスは非常に限られた領域内の 波動に時間の流れを形成して、保持者をこのエネルギーと独立にするのだろう。 アルコン人は彼の第二の意識の思考線をたどった。放射器はこれらの インパルスを相殺、あるいは偏向させた、クロノミティからクロノミティに 飛ぶ、あるいは私の場合滑空する代わりに、私は時間の割れ目に落ち込んで、 今やクロノスタイツからクロノスタイツに滑空しているのか。これが私の 宇宙から全ての生命形態が消滅し、さらにこの宇宙が分解しつつある 理由だろう。これから悪いニュースが引き出される、と論理セクターが 囁いた。お前は、本来安定な時間システム内の異物だ。テラ標準時間 3時17分にワシャド教授の装置からの放射がお前に届いて、お前の細胞 活性装置と相互作用した時、時間の流れが分裂したのではないかと恐れている。 お前のバンガローはここから約2キロしか離れていない。お前のおなじみの クロノミティ宇宙は制約無しに存在続けている。ただし、お前なしに。 その間、お前は人工的に作られたクロノスタイツ宇宙に存在している。 そして、招かざる客として、お前はその宇宙を不安定化している。 この時間システムはお前を取り扱うことができない。だから、崩壊しつつ あるのだ。 放射器のスイッチを切ったら何が起こるだろうか?不死者は尋ねた。 わからない、付帯脳は認めた。多分、二つの時間の流れがすでに離れ すぎていてもはや戻ることが不可能かもしれない。 「ネーサン」アトランは大声で言った。「助けが要る。」 月のシントロン脳は返事しなかった。びっくりしてアトランは手首の 時計を見た。テラ標準時で午後3時46分であった。 「サーボ。外部エリアの可視ディスプレイがほしい。」 ホロスクリーンが現れ、灰色の星の無い空の前にテラニアの悲観的な 風景を示した。ゼロ球の円周はソルを飲み込み、月の軌道を横切り、 今テラニアに向かって疾走している。残り時間はどれくらい?30秒?10秒? 「サーボ。」アトランは叫んだ。彼の声は殆ど壊れていた。 「放射器のスイッチを切れ。今すぐ!」 「申し訳ありません、私にはその機能がありません。」人工の声が告げた。 その瞬間、都市のホロディスプレイが消えた。一瞬、不死者は灰色の 非晶質の霧が壁や天井から研究室にしみこんでくるのを見た。そして、 彼の全ての感覚認識は停止した。 * 「アトラン!何と?始めまして?すみません、貴方の様な高名なお客が あるとは誰も知りませんでした。」 アトランは周りを見て唖然とした。彼は未だIPRATの研究室14/25に居たが、 もはや一人ではなかった。彼の目前にヤギ髭の半ば禿げ上がった中背の 男が立っていた。 「何者・・・?」アルコン人は取り乱して話し始めた。 「おお、申し訳ありません。」その男は右手を伸ばしながらすぐに言った。 「私はプロジェクトリーダーのネシル・ワシャドです。不、不死者の一人が 私の研究に興味を持っていただけるとは気が付きませんでした。もちろん、 名誉に思っています。辺りを案内いたしましょうか?」 アトランは機械的にうなづいて、すぐに我に返った。新銀河暦1225年2月 15日の午後残りの間、彼はネシル・ワシャド教授と長い会話を行った。 多くの疑問が未解決のままで残ったが、彼は今や多くの物事をもう少し はっきりと見ることができた。疑いも無く、この科学者の組み立てた 放射器が彼の細胞活性装置のインパルスと干渉し、それによって 放射器のエネルギー出力が4秒間だけ4倍に増加したのだ。当然ながら、 ワシャドは数時間後に研究に戻ったときこの事件を調べた。何も特別な ものを発見しなかったので、彼は問題を脇において新しい一連のテスト 周波数を始めていた。アルコン人を取り囲む、人工的に誘起された クロノスタイツ宇宙が最終的に消滅した時、アトランは元の時間平面に 自動的に投げ戻された。当時は知る由もなかったが、彼にはなんら危険は 無かったのだ。もちろん、この事件の多くの面が物議を醸したままに なったが、それは時間研究の様な複雑な分野ではなんら異常なことでは なかった。ワシャド教授は、これからは彼の周波数放射器をもっと 注意して扱うと不死者に請合った。その後、アトランは休暇を取って ゴシュン湖のバンガローに飛び戻った。彼は数時間の睡眠を取り戻した。 終わり。 (C) 1998 Ruediger Schaefer. Originally published in German in volume 12 of Sol (October 1998), a quarterly publication of Perry Rhodan FanZentrale (www.prfz.de). Translation (C) 2003 Arnold Winter. Reproduced with permission. Translation (C) 2010 Hiroto Matsuura. 訳注: 作中のニセルについては レキシコン(第3版)訳 (http://homepage1.nifty.com/capin/LexN.html) を参照しました。