最後の贈り物 (c)1997 Ruediger Schaefer(ルーディッガー・シェファー). 初出 SOL 8 (October, 1997),Perry Rhodan Fan Zentraleの年4冊出版物 英訳 Arnold Winter(Vector enteprise #1803 掲載) 和訳 松浦寛人 新銀河暦1222年12月15日はペリー・ローダンにとって困難な日となっていた. 初めに彼はタイタンでレジナルド・ブルとの早朝会談に参加した.マイルズ・ カンターと、公式には彼に割り当てられた5名ばかりの科学者がトロカン の神秘の調査についての結果を報告し,第1テラナーのコカ・スザリ・ ミソナンに自分達の研究に対する付加的な資金を割り当てるように 要求した.ローダンはほんの2ヶ月前にヒルドバーンから天の河銀河に <バジス>で帰郷したばかりであるが、今の政府首脳の抱える差し迫った 政治的問題をわきまえていた. インプラント熱はメディアや多くの人々の心に残っていたが、プロフォス人 議員ブッドシオ・グリガーの回りで形成された議会野党が内閣を一歩一歩 解体するのに巧みに利用されていた。 今日では、あらゆる可能な手段を用いて太陽系にハンザバザール「コロンバッチ」 が建造されるのを妨げなかったとして、グリガーは第1テラナーを厚かましくも 非難していた. しかし,メディアにせよ公衆の意見にせよ,NGZ1217年の終わりに コカ・スザリ・ミソナンが、かつてのハンザ同盟のチーフ、ホーマー・ G・アダムスと同じく、1億1800万光年離れたヒルドバーン銀河から の商人達と彼らの麻薬製品についての緊急警告を論じていたという事実には 興味を示していないようであった.何らかのスケープゴートが 必要で、第1テラナーは主要な標的であった。 緊張した状況に加えて,ちょうど3ヶ月前にトロカンの回りに形成された 神秘的なエネルギー場があった.これまでのところ、このエネルギー場 はその秘密を探査しようとする指導的研究者のあらゆる試みに抵抗し ていた.最新の測定探査技術でさえ螺旋状の灰色の帯からなる、全惑星 を覆い尽くす神秘的な現象の本質を解明するのに失敗していた. 本当のところ,マイルズ・カンターはかつてのアインディの 記録惑星に関する事件は太陽系の住民にとってさしあたっての 危険を表さないという見込みを繰り返した.それにもかかわらず、 ペリー・ローダンはあまりにも知りすぎていた。もし、利口な策略家が 正しく論破すれば、今の状況はコカ・スザリ・ミソナンの経歴の終わりと なりうることを。来年2月に選挙が予定されており、世論調査によれば 人々のブッドシオ・グリガーへの支持はすでに第1テラナーのそれを 凌駕していた. 「多分うまくいくでしょう.」研究工場と化した土星の月での会合で マイルズ・カンターは説明した. 「ネ−サンの助けがあればトロカンの表面の多少とも有用な画像が得られると いうものです.しかし,そのためにはより多くの計算機能力と新世代の探査機が 必要となります.」 「大量生産のためのしかるべき建造計画はもう用意してあるわ.」 コカ・スザリ・ミソナンは弱々しく頷くだけであった.彼女も 他の参加者と同じく必要な予算がLFTによって調達され,テラ議会で 認められねばならない事を知っていた.これによりグリ−ガ−(Grigor) と彼の標榜する孤立主義政策にさらに格好の攻撃材料を与えることになろう. しかし他に方策は無かった. 「私の援助が必要なら,何処に私を探すべきか知っているね,コカ.」 ペリ−・ロ−ダンは別れ際に政治家の手をとって言った.その女性は 弱々しく微笑んだ.過去数か月は彼女に跡を留めていた.ゲオ・シェレムドクの 死は彼女を根底から揺さぶった.これまで, LFTの全権委員は真の友人で腹心だったのだ.そして,不死者が 彼女の表情を正しく読み取っていれば,その目にはそれ以上のものが 映っていた. 「私達は新時代の始まりに立っているわ.」と第一テラナ−は答えた. 「その兆しはもう否定できないわ.」ロ−ダンはその女性のほのめかした 事はよく判っていた.少し前にすでにその権威の大部分を無くしていた ギャラクティウムは最終的に解体始めていた.一度は細胞活性装置保持者の 大宇宙のヴィジョンの一部であった天の河の種族の大同盟は次第に茶番 になりはじめた.アルコン人がおおっぴらに盟約からの分離を考えたのみならず, トプシダ−,ブル−,その他フォ−ラムの主要な代表が遅かれ早かれ ヒュ−マニドロ−ムの議席を空けるのは疑いはない.何世紀にもわたって LFTの崇高で信頼できるパ−トナ−であったフェロン人すら政策表明を 突然に覆している.コカ・スザリ・ミソナンは忍耐強くギャラクティウム の結合力のために闘ってきた.此の事はロ−ダンが彼女を最も高く評価 している理由の一つである.彼はこの女性との最初の出会いをよく覚えて いた.当時彼女はテラ文部評議員の地位にあった.彼女の際立った外観は ひどく失望している時でさえ,第一テラナーの品位として多くの人を 欺いていた. コカ・スザリ・ミソナンは粘り強く容易に屈服しない人物であって, 政治の分野での成功のために長年闘ってきた.今,オフィスでの20年 の後,彼女は自分の時代が終わりに近づいている事を知った.銀河系で 人類を代表してきたのと同じ正直さをもってこの事実を無視するには 彼女は賢明過ぎた. 「彼らは君を忘れないよ,コカ.」ロ−ダンは微笑んで言った.「君は 彼らに十分過ぎるほど尽くした.」その女性は微笑み返した. 「同情は止して,ペリ−.」彼女は返答した.「けれども, 大変なことだったわ.」 「失望しているのかね?」不死者は知りたがった.その女性はゆっくりと かぶりを振った. 「そうは感じないわ.」そして彼女は言った.「時として私は 事態を変えねばならなかったし,権力の価値を知らずに過ごすには 長く政治に係わり過ぎたわ.」 「君は私に教授してくれるつもりかい?」ペリ−・ロ−ダンはふざけて たずねた.「君の前に立っているのはかつての第一執政官だよ.」 第一テラナ−は前に身をかがめた.「私の秘密を話してさしあげるわ, 第一執政官閣下.」彼女は陰謀者の様な口調でささやいた.「学生時代, 私は机に貴方の写真を飾っていたの.そこでは貴方はラメグリ−ンの 制服を着ていたわ,そして私は貴方に夢中だったの.」 二人は笑って顔を見合わせた,そして別れた.コカ・スザリ・ミシナンは 地球に戻った.しかし,ペリ−・ロ−ダンは転送機を使ってルナに 行き,レジナルド・ブルとアトランを見つけた.その直後,三人は 巨大な格納庫に足を踏み入れた.そこでは,全長150メ−トルの だ円型宇宙船が牽引ビ−ムのネットで係留されていた. 活動はドーム型の構造物の間で最高潮だった。それは両肩に分割された 弓を備えた異星人の肉体を思わせた。 多数のロボットと少数の技術スタッフが最終メンテナンス作業に勤しんでいた. 「<ブ−メラムグ>は数日中に離陸準備可能ですぜ.」レジナルド・ブル は請け合った. 「他のみんなは?」突然ロ−ダンがたずねた.すぐに旧友は誰のことか 察した. 「アラスカ,グッキ−,それにミラとナディアは了承しました.」太った 活性装置保持者は請け合った.「いつからおっぱじめます?」 「12月31日は意味があると思うが.貴方の意見は,アルコン族の族長?」 「君はいつまでたっても感傷的な蛮人だな.」とアトランは 皮肉にコメントした. ロ−ダンは親しげに冷やかし続けた.「結局の所,私達と行きたいのでしょう, ご老体?アルガストランのワインを傾け大宇宙の哲学を論じましょう.」 「魅惑的な申し出だ.」アルコン人は両手を広げて答えた. 「しかし,数時間後には私は<エリアス>でM13に行く予定で,どれくらい 留守にすることになるか判らない.」 ロ−ダンは頷いた.彼はアルコン人の新しい支配者の大望について 耳にしていた.噂では,アトランのかつての恋人、アリガの テタはアルコン星系で吹き荒れている権力闘争に指導的な役割を 演じているらしい。ローダンは旧友がなぜかつての故郷に 関心を持つようになったのかは理解できた。あらゆる絶望にも 関わらず、時の外に一人立つものは自分の種族に背を向ける事が 出来なかった.そしてアルコン人たちが帝位を提供しながら いつも拒絶されあけすけな恨みを買っていることは遺憾なことと ロ−ダンは考えていた.ため息をついて彼はアトランの肩に手を置いた. 「お気を付けて.」別れ際にロ−ダンは言った.アルコン人はつかの間 視線を戻し,かすかに頷いて,そして確かな足取りで格納庫を 出発した. 昼食を一緒に済ませた後,レジナルド・ブルとペリ−・ロ−ダン は月のシントロニクスコンピュ−タ−,ネ−サンと2時間 にわたって会談した.そこから得られるものはあまりなかった. 無限架橋という名の物体についての示唆はなかった.アクセス可能な 天の河のあらゆるデ−タベ−スについてのネ−サンの調査は 不成功のままであった.二人の不死者は転送機でテラニアに行き, 衣服を着替えて,午後の残りをクレスト広場の慈善舞踏会で で過ごした.ロ−ダンもレジ−と同様その様な うわべの外観には余り気を払ったことはないが,彼らの社会的立場が ある種の責任を課していることをわきまえていた. 不死者たちがもはや公的な役職についていないとしても, 彼らの有名さは何世紀にもわたって高いままに留まっていた. ポピュラ−パブ,ロ−ロフの店での軽めの夕食とともに日は暮れ,テラニア アカデミ−からの3人の歴史家のインタビュ−が続いた.そして, ロ−ダンは真夜中の直前になってようやくゴシュン湖岸のバンガロ−に入ること ができて喜んだ.サ−ボシステムが自動的に作動し, 彼の回りはやわらかで少し薄暗い明りで直ちに取り巻かれた. 「チャイコフスキー、ピアノコンサート第1楽章」テラナーは言った。 「それと、コーヒー。」 疲れきって、彼はリビングの広いシートに身を投げ出し、 目を閉じて、ほとんど3000年前に作られ今日までその表現と 感性をいささかも無くしていない作曲の第一小節を懐かしんだ。 これこそは真に不死なるものだとローダンはものほしげに思った。 コーヒーを数回すすり、ソナタを半時間聞いて彼の精神は回復した。 テラナーは寝る前に少し読書をしようと決心した。 もの思いに沈んで視線をリビングの反対側の端をほとんど埋め尽くす 本棚に走らせた。 そこには彼と共に無限の時をくぐり抜けたおよそ500冊の本が並べてあった。 彼自身と同様の骨董品がルーツを持つ遠い昔のウイット。 レジナルド・ブル、ホーマー・G・アダムス、あるいは ジュリアン・テイフラーの様な友人達を別にすると、これらの 本は彼自身を幼少時代とまだ結んでいる唯一のつながりであった。 金星の歴史博物館に展示されている、<スターダスト>乗員の 原始的な宇宙服や宇宙飛行士のための栄養供給用の半分縮んだチューブ といった古物でさえ模造品である。見かけは完璧で詳細な点まで オリジナルを再現しているが、それにもかかわらずコピーに過ぎない。 人類の歴史のあいだの様々な戦闘、侵略、その他の動乱の間に オリジナルは失われ、盗まれてしまった。 テラナーは高価で皮製の表紙で製本されたゲーテの詩集を取り出し リビングに戻った。永遠に失われてしまった西暦20世紀末の言語で あるドイツ語で書かれた文章はこれほどの年月を経てなおローダン にとって親しみ深いものであった。彼の父は彼にこれを買い与え、 何度となく読み聞かせたものであった。作品の最初の黄色くなったページ の右手上隅にはかすれた文字「憂鬱なストレスを受けているよき人は 正しい道を良く知っているものだ。愛している、父より。」が認められる。 考えこんでテラナーは人差し指を紙の表面に沿ってはしらせた。 この紙は非常に薄いエネルギー場で分解から防がれているのだ。この本は ペリー・ローダンがフロリダのテイラーハッセのUS空軍の士官 候補学校の入学試験に合格した1952年に父から贈られたものだ。 レジナルド・ブル、グッキー、そしてアトランだけがこの形見の品の 存在と重要性を知っている。 不死者がようやくベットに入ろうと立ち上がった時にはもう午前2時 になろうとしていた。彼は今一度庭に面した巨大な夜景を写した 窓を通して、庭と月光に輝く湖面にちらと目をやった。身を翻そうと したまさにその瞬間、彼は立ち止まった。しばらくの間、彼は 夢を見ているのではと考えた。なぜなら彼が見たものはまったく 受け入れられないものであるからだ。作業ロボットが注意深く世話している バンガローの正面の芝生に一人の少女が立っていた。テラナーは この小さな子供は4ないし5歳だと見積もった。肩まで揃えた長く黒い 髪は高い頬骨とすらりとした鼻を持つ青白いそばかすまじりの顔を覆っていた。 プラスチック製の窓ガラスは内側からのみ透明であるが、 大きな黒い目はローダンを値踏みしているように見えた。 少女は青い格子縞の安物のズボンと赤い格子縞のシャツ、そして 模様のついたスカーフを身につけていた。今になって 初めてテラナーはこの子が裸足である事に気がついた。 ローダンはちらとジョニーのことを考えた。ローダンがヒルドバーン にいた間、絵を描くためにバンガローの庭に居座った奇妙な老人の 事である。彼はローダンが同情的であるのと同じくらい世才にたけて いた。不死者はすぐにこの進入者に心を開き、ついには彼と共に 滞在するように呼びかけさえした。 ジョニーは常に彼の申し出を受け入れたわけではないが、彼と すごした夜は過去の年月の内に失われた開けっぴろげさと 精神のバランスの多くをテラナーに回復させてくれた。 この少女はジョニーと関係があるのだろうか?ひょっとして彼の 娘か孫娘であろうか?しかし、こんな時間にこのちびさんはここで 何をしているのだろうか?ローダンは庭に通じる幅広い横開き戸 を開け、灰色の石を敷き詰めた小さなテラスに出た。彼はその子が 逃げ出そうとするか、あるいは少なくとも驚くか何かの反応を示す事を 期待した。それに反して、彼女はじっとしたまま 静かに不死者を見つめていた。 「こんばんは。」ローダンは予想外の訪問者に微笑みながら言った。 「こんなに遅くここで何をしているの?迷子になったのかい?」 小さい訪問者は首を振った。 「それなら、ともかく中に入ったらどうかね。ところで、私の 名前はペリー。」 少女は言葉もなく動き始めた。不死者は彼の神秘的なお客も 自己紹介するとあて込んでいたのだが、肩をすくめた。彼の奥深くで 奇妙な感情が広がり始めた。まるでこの子供にどこかで前にいつか であっていたかのようなきみょうな親しさを感じた。心の中で 自身の娘、スーザンとエイレーネについて考えざるを得なかった。 最初の娘が小さい時は、太陽系帝国の第一執政官としての当時の彼の 地位のため、彼はほとんど娘とすごす事が出来なかった。彼はエイレーネ については同じ過ちを繰り返さなかった。彼は二人とも失っていた。 スーザンは母と共にプロフォスでの動乱で2931年に殺され、 エイレーネはNGZ1173年にゲジルとコスモクラートのタウレクと 共に跡形もなく消えてしまった。 憤慨して不死者は過去の痛ましい思いとあらがった。彼は現在に生きており、 不死性という贈り物が恵みであると同時に苦痛にもなりうる事を 何世紀もの間に学んでいた。スーザン、マイケル、エイレーネ、 トーラ、モリー、オラナ、ゲジル、そして彼の人生を豊かにしてくれた その他の人々は彼の記憶の中にいつもいた。トマスでさえ彼の心に 残っている。この最初の息子は彼に対し憎悪と軽べつしか示さなかったのだか. 彼はサ−ボシステムに向き直った.「ホットチョコレ−ト二つと ビスケットを少し.」そして少女の前にひざまづき優しく肩に手を 置いた.彼女は恐れる素振りも全く見せず,静かにそれとわかる悲しみ をたたえて彼を見つめた.再び何か個人的なもの, 一度は失われたと思った何かを発見したような感情が生じた. 「何を考えているの?」彼は少女に微笑んだ.「もっと気楽にしないか?」 彼はソファ−を示し,少女は広いクッションに登って足を組んだ. エネルギーフィールドが、湯気を立てているカップ2つとカラフルに 色分けされたお菓子をいれたボールを丸いガラステーブルにのせて 運んできた。 ローダンはマグカップの一つを少女に手渡した。彼女は両手でつかんで 飲んだ。テラナーは居間を離れて寝室に向かった。 「サーボロボット。」彼は静かに言った。「この子は何者だ?」 「わかりません。」 「どういう事だ?住民票をチェックして・・・。」 「すみません、ペリー。でも、とっくにそれは済ませています。 この少女はテラにも太陽系の他の惑星にも登録されていません。」 この情報はペリー・ローダンのごとき瞬間切り替えスイッチに とっても消化するのは簡単ではなかった。 彼は直ちに反応しさらに指示を与えた。 「ネーサンとコンタクトを取れ。私のアルファアクセスコード を使って良い。あのちっちゃいのについてのプロフィール がほしい。わかったか?」 「了解しました。」サーボロボットは復唱した。「しかし、2〜3分 お待ちください。」 月のシントロニクスは銀河系中のほとんどの情報システムと ネットワーク接合していた。そのいずれかにあの少女のデータが 蓄えられていれば、もし該当する行方不明者のレポートがファイル されていれば、あるいは捜索願いが登録されていれば、問題は すぐ解決するだろう。 「結果を得たら直ちに報告しろ。」不死者は自宅のシントロン脳に 命じた。そして彼はリビングルームに戻った。 前の様にその子は足をたたんで座っていた。彼女は空のゴブレットを テーブルに戻した。最後の一掴みまで空になったクッキーボウル の隣に。 「何か他のものが欲しく無いかい?」ローダンはマグカップをさし 示しながら尋ねた。少女は頭を振った。細胞活性装置保持者は このゲストの隣に腰を下ろした。 「しゃべる事は出来るのかい?」彼はたずねた。小さい子供は うなずいた。 「それなら君の名前を教えてくれないか?」彼女は頭を振った。 「オーケイ、またあとで。きっと疲れて眠いのだろう。」 「疲れてなんかいない。あたしはもう5歳よ。」小さな少女は 指を広げた手をあげ、言葉にアクセントを付けた。 彼女の声は明るく明瞭に響き、そしてテラナーは三度この 子供を知っているという感じを突然受けた。 「本当?」彼は微笑んだ。「それなら許しておくれ。気分を害する つもりはなかった 「オッケー。あれは何?」彼女は1冊の詩集を指さした.これは ロ−ダンが本棚に戻し忘れていたものだった. 「本さ.」テラナ−は説明した.「本を見た事あるの?」 その小さい子供は彼が何か信じられないほど愚かな事を言ったかのように 彼を見つめた。 「もちろん。」そして怒った様な口振りで話した。 「おうちにいっぱい持っているの。」 これは驚くべき事だった。というのはNGZ13世紀では本は、疑似体験ホログラム ヒュプノバンク、あるいはシントロニクスのメモリーに置き換えられ 大変貴重なものだったからだ。 「どこに住んでいるの?」ローダンは知りたがった。 「ママとパパと一緒よ、もちろん、他にどこがあって?」が答えであった。 「ここの町に?」 「そうよ。」 「それで私の庭で何をしていたの?」 「知らない。そこにいただけ。」 「もう君の名前を話してくれる気になった?君を名前で呼びたい んだ。」しばし少女は熟考してまわりの関心を失った様に見えた。 そして今一度頭を激しく振った。 「許されていないの。」 「なぜ?」ローダンは驚いてたずねた。「私を怖がっているの?」 「バルコニーで」その子は憤って叫び声をあげた。「おじいさんは 驚異だと言ったわ。」 「さっぱりわからない。」 「もうクッキーはないの?」不死者は立ち上がって言う通りに サーボロボットに命令をした。この機会を利用してネーサンの 調査状況を尋ねた。結果は冗談ごとではなかった。 少女はどこにも登録されていなかった。彼女の存在のわずかな 痕跡すらなかった。月のシントロニクスは通常は使用できない ギャラクティウムのデータベースへのアクセスを行うべきかたずねたが、 ローダンは中止させた。小さな子供は彼女の秘密を遅かれ早かれ自身で 明かすであろう事を完全に確信していた。 リビングルームに戻って、彼のゲストがほおいっぱいにして バリバリかんでいるのを見た。今になって初めて、彼は白黒のチェック のスカーフに気が付き、何か親しい気持ちが再び身体の中にわきおこった。 今度はその気持ちは長続きした。衣服のパターンが彼の心の琴線に 触れた。あるシーン、あるイメージ、彼の意識下深くに隠されたもの。 漠然とした思いから彼は突然鳥肌を立てて震えだした。 「おいしい?」彼はたずねた。声はすこしうつろであった。 「ふんふん。」少女は満足感をあらわした。 「家族の事を話してくれないか。」ローダンは頼んだ。 「パパはラジオとテレビを売っているの。」少女は話した。「それから、 ママは家にいるわ。」 テラナーは手の震えを押さえるのに全力を挙げた。彼は部屋の温度が 数度も上昇したかのような印象を受けた。 「君には、・・・兄さんがいるんだろうね?」不死者は自制を 保とうと苦労した。何が起こっているんだ?誰がこんな質の悪い 冗談をしかけているんだ? 「うん」少女は彼の疑いを裏付けた。「無口で、あなたと同じ 名前だわ。」 「神よ。」ローダンは右手で落ち着きなく髪をかきむしった。もはや 疑いの余地はない。彼の精神、論理能力は体内に湧き起こる嵐に もはや耐える事は出来なかった。彼は喉に大きな固まりを、膝に 震えを感じた。彼の視線は涙で曇った。 「君は・・・デボラ?」 「ヘー、どうしてわかったの?」少女は驚いて叫んだ。テラナーは 唇を噛み締めた。記憶の噴流が旧暦1941年まで彼を押し戻した。 当時、彼は目の前の少女と同い年だった。全く出し抜けに彼は母親の 叫び声を聞いた。高い調子で甲高い叫び。目撃者を終わりの無い苦悶に 誘う。彼は父親が道具小屋から中庭を走ってやってくるのをじっと 見ていた。粗末な作業着の袖を巻き上げ、脇の下と背中に汗の黒いしみ を浮かべて。彼は風が流れる時、古い栗の木の葉がささやくのを聞いた。 太陽は良く晴れた青空から一日中ギラギラと照りつけていた。大気は ちらちら光るようであった。 母の叫び声は大きな発作的なむせび泣きに変わった。一声ごとにペリーの 心は光を放つ針で突き刺されるようであった。彼女は乾いたほこり混じりの 地面にひざまずき、全く救いが無いかのように両手を前に投げ出していた。 父親は彼女の肩をつかみ、この場から引き離そうとした。一見巨大な車の前に 動きもなく横たわっている目立たない衣服から。血の中に飛び散った 小さな死体から。ペリーはそこに立ちつくし、黙って震えるだけだった。 そして何か恐ろしい、何か言葉に出来ないほど恐ろしいことが起こったと はっきり確信した。身動きもせず、彼は父親が死体を大きな布で覆うのを 見ていた。白黒のチェックで彩られた布で。 「デボラ」不死者はささやいた。涙がほほを流れた。彼は殆ど3000年前と 同じように泣いていた。彼の妹が死んだあの息苦しいほど蒸し暑い春の日。 あれは事故だった。恐ろしくおろかでばかげた事故。何物にも代え難い 何かを彼から奪いさった事故。不死者はこのとげが未だに心の奥底に 突き刺さっていたことに気付かなかった。彼はそれを克服し、少年時代の このみじめな1章を解決したものと思っていた。 「それを防ぐことができたら・・・。」テラナーはささやいた。「でも、 ほんの子供だったんだ。何をすべきだったんだ?何を?」 「運命のちょっとした交差にすぎんのだ、ペリー・ローダン。」見知らぬ、 それでいてどこか懐かしい声が漸く細胞活性装置保持者を現実に引き戻した。 少女はシートにまだうずくまっていたが、もはや動いていなかった。時間が 停止したようであった。ゆっくりと不死者は向き直った。白いひげの やせた老人がごくわずかにうなずいた。 「これはあなたの仕業なのか?」テラナーは知りたがった。殆ど瞬時にして 深い苦痛は際限の無い怒りに変わった。 「そうだ」と老人。「これは君への最後の贈り物だ。」 「私は・・・。」ローダンは怒りのあまり怒鳴り出そうとしたが、相手は なだめるような仕種で手をあげた。 「待ちたまえ、友よ。」彼はほほ笑んだ。「まず私の話を聞いて、それから 途中で口を挟まないでおくれ。私にどれだけの時間が残されているか はわからないが、さよならを言わずに別れたくないのでな。そう、 ペリー・ローダン、ヒルドバーンでエルンスト・エラートが君に もう予言しておったな。私は長い旅に出て、何時帰ってくるかは 私にもわからん。もう一度あうまでに何世紀も、ひょっとしたら 千年もかかるかもしれん。しかし、君の前には長く険しい道が 待ち構えていて、私は将来君の傍らにいることが出来ない。君は 無限架橋に足を踏みいれ、それによって深く広範囲な影響を及ぼす 一連の事件が起こるだろう。そして、君は最初の一歩をためらうことは 出来ない。」 ローダンは落ち着きを取り戻し老人に向かって進み出た。かつては その力と知識が殆どの人の理解を越えた存在である「それ」とのコンタクト は非常な名誉であると考えた時、選ばれたものとしての彼の地位が 彼と有人達、そして全銀河に平和を保証し、創造の秘密を啓示する と考えたときもかつてはあった。 この判断ミスは多くの幻想の損失だけでなく数え切れない生命の 喪失につながった。 「まだ満足しないのですか?」ローダンは危険なほど平静にたずねた。 「あなたと呪うべきコスモクラートはこの銀河に十分な災害と不幸 をもたらしたのではないですか?いったい何時になったら終わるの ですか?我々があなたたちに何をしたというのですか?私があなたに 何をしたと?」 「どうか、ペリー」と老人は話をそらした。「怒ったまま分かれるのは やめないか。君と私、そうコスモクラートですら同じ大宇宙の一部なのだから。」 「あなたは本気でそう信じておられる?」 「私はそれを知っておる。」と老人の答え。「我々は物事を違う角度から みておるのだ。」 「私が見ているものを話しましょか。」テラナーは舌打ちをした。 「何世紀にもわたって秘密の勢力の目的のために犠牲になったギャラクシアン 達が見える。私があなたやコスモクラートと組んだばっかりに死んでしまった 旧友たちが見える。ジェオフリー、イルミナ、ガルブレイス・・・。 私が此処までおろかでなければ彼らはみんなまだ生きていたでしょう。」 「君の辛さはわかる、ペリー・ローダン。しかし・・・。」 「辛さ?」不死者はさえぎりユーモア無く笑った。「もし私が辛ければ、 肩から活性チップをむしり取ってあなたの足元に投げ捨てますよ。神よ ごぞんじあれ、私は人生で過ちをおかしましたが、きっとそれを繰り返しません。 あなたや高次勢力を二度と信用しません。あなたがたで戦えば良い、けれども 金輪際我々をほっといてください。」 「わたしに何を言わせたいのか、ペリー?この銀河は犠牲者を要求している、 それは事実じゃ。将来においても犠牲は出るじゃろう、君が此処で今想像している よりもずっと残酷な規模で。君もコスモクラートもそれを妨げることは できん。無限架橋は大宇宙の調和というモザイクのほんの一片にすぎん。 それはもう始まっておる、ペリー・ローダン。そしてそれを止めるには 遅すぎる。」 「何が始まったと?」不死者は叫んだ。「あなたは何を話しているのですか?」 「すぐにそのことについては耳にするじゃろう。ここではないし、今日でもない。 しかしすぐに。君は天の河の平和を、民族の協力を、理解と寛容を熱望して おるな。私を信じるのじゃ。何時の日にかきっと実現するじゃろう。その時 君は何物も無駄にはなっていないとわかるじゃろう。その日までの道のりは いばらの道で、ひょっとすると君は終わりまで辿り着けんかもしらん。 しかし旅をする価値はあるはずじゃ。わしはもう行かなくてはならん、ペリー。 時間じゃ。彼らがわしを引き戻しにきている。」 「待ってください!」不死者は老人を捕まえようとしたが、彼の手は ゆっくり消えていく人影を突き抜けただけだった。「あなたはまだ 行くことはできない。デボラはどうします?」 テラナーは超知性体の漂うような声を聞いた。「彼女は夜明けまで君の もとに留まるだろう。彼女と話したまえ。彼女は君が持ち得なかった 妹なのだから。」 そして「それ」は立ち去った。再び時間は普通のペースで経過し シートに座った少女は大きな目で彼を見ていた。 「なぜ泣いているの?」彼女は知りたがった。ローダンは慌てて 手の裏で頬を拭った。そしてほほ笑んだ。 「何でもないんだ。」彼はデボラの質問をはぐらかした。彼女は 自身に直接関係しない物事に対し殆どの子供が示すような態度で その説明を受け入れた。テラナーは新しいココアを2杯注文し、 床にうずくまった。 彼はこの少女が幻影にすぎない事に気をはらわなかった。死んだときには 2歳半だった現実のデボラから超知性対によって生み出された幻影。 彼女は此処にいた。彼女は現実のものだった。それ以外に何を 気にすることがある。 夜はすぎていった。ペリー・ローダンが妹と過ごした時間は魅惑的で 愛しいものであった。彼らは語らい、ココアを飲み、彼は妹に 自分の訪問した異境の惑星や銀河系、探検した暗黒星雲などの ホログラムを見せた。彼はスーザンやマイク、トマスやエイレーネ について話し、デボラがママやパパ、無口なお兄ちゃんについて 子供らしく無邪気に話すのを聞いていた。彼女に石を投げ付け、木の 家に彼女を入れようとしたかったお兄ちゃん。ベッドカバーの影で こっそりと未来小説を読み、時には夜中に起き上がって星空を 観察していた兄ちゃん、ペリー。朝6時頃、少女はとうとう立ち上がった。 「あたし、もういかなくちゃ。」彼女は静かに言った。 「わかっている」ローダンは答えた。 「ココアとビスケットありがとう。」 「どういたしまして。」 その子は素早く庭に通じる引き戸に向かってカーペットの上を駆けて いった。出口につく直前、ローダンは背後から彼女に呼びかけた。 「デボラ。」少女は振り向いた。 「はい?」 「気をつけるんだよ、いいかい?」小さい子供はもう一度戻ってきて カーペットの上に座っている男の首に小さな手を回し、頬にキスを した。 「もちろん。」彼女は悪戯っぽく笑った。「私はもう大人よ、知ってる でしょう。」そして彼女はついに走りだし、ドアを開け、その直後、 朝焼けの中姿を消した。 しばらくしてペリー・ローダンは立ち上がり巨大な展望窓に進んだ。そこには ゴシュン湖を横切る眺望が開けていた。彼はあたかも思い荷物が肩から 取り去られたかのような奇妙な解放感を感じていた。彼はしばらく父親の 詩集に目をやった。たった今から彼は家族の新しい記憶を持つのだ。 本のカバーに縛られない記憶。 「とはいえ、無論。」彼はほほ笑んでささやいた。「お前はもう立派な 大人だ・・・。」